三つ子の魂百まで。

一人前になる「お手伝い」という発想。 私たちの学校では、多くの人が訓練で初めて飛行機を操縦します。0から始めれば、教わることは山のようにあります。教官も、国が定めた要領にのっとってしっかりと「教え」ます。しかし、これだけでは訓練をほんとうに充実したものにするには不十分です。

訓練を受ける目的とは何でしょうか。いいランディングをして教官をうならせることでしょうか。フライトテストにパスすることでしょうか。エアラインパイロットとして就職することでしょうか。それとも、その先にある何かでしょうか。どこに目線を置いているかで、勝負は決まります。今述べたことは、はたして最終目的となるのでしょうか。

目線の話 パイロットの仕事は、空に上がって、無事に下りてくることです。そのことに最後まで責任を持つこと。突き詰めればこの一点につきます。相手は自然と機械。人間以上に気まぐれです。時には、経験したことのない、習ったことのない状況に出くわすこともあるでしょう、それでも、何事も無かったように下りてくる。そのためには、習った知識を組み合わせて、柔軟に対応する必要があります。

ここで最も難しいのは、習った知識を組み合わせる主体は「自分自身」だということです。教科書に書いてあることは、誰かえらい人が書いたこと。教官が教えてくれることは、自分の何倍もの経験に裏打ちされた信頼に足る情報。これらを覚える、素直に取り入れる。ここまでは当たり前のことです。ところが、書いてあること、教えられたことを組み合わせたものは、自分で選択して出した新しい答え。つまり、そのことに責任を持てるのは自分しかいないということです。そして、実際のフライトはそんなことばかりです。

自分の判断に自信を持つには、普段から自分自身で考え、自分の意思で行動し、その結果に責任を持つという体験をたくさん積む必要があります。同じように、フライトテストで、就職試験で、最初のチェックアウトで、あるいは日々のオペレーションで自分の判断に自信を持つには、周りの意見、習ったことを素直に尊重した上で、自分なりの答えを出す訓練をどのくらい長くしてきたかに左右されます。私たちが訓練を「お手伝い」することと位置づけるのは、このためです。

日々の暮らし、振る舞い、ものの考えかた。一見地味で、当たり前で、だからこそ見逃してしまいそうな細部にこそ、良いパイロットになるための要諦があります。

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三つ子の魂百まで。 ニュージーランドのいいところ。 もう一つの道。